辻本 貴紀

辻本 貴紀

神戸赤十字病院

Career
  • 神戸大学医学部 卒業
  • 高槻病院 初期研修課程 修了
    神戸大学 心臓血管外科 入局
  • 北播磨総合医療センター 心臓血管外科
  • 兵庫県立姫路循環器病センター 医長
  • 神戸大学 心臓血管外科 特定助教
  • 神戸大学大学院医学系研究科 博士課程 修了
  • 東京慈恵会医科大学 心臓外科(国内留学)
  • 神戸赤十字病院 心臓血管外科 副部長(現職)
Report 05

これまでの歩み

入局〜1年目(平成26年・神戸大学)

入局してからの1年間は、本当に大変でした(笑)。わけもわからないまま手術・ICU管理・学会発表と毎日新しいことの連続で、わからずに怒られ、気絶するようにICUで仮眠をとっては朝の回診へ向かう——その繰り返しでした。正直、かなり疲れてモチベーションもずたずたになっていました。そんな時期、2週間の夏休みにニューヨークのコロンビア大学を訪れ、中先生をはじめ多くの日本人外科医が第一線で活躍されている姿を目の当たりにして、かえって落ち込んだのを覚えています(笑)。それでも、なんとかこの1年を乗り切りました。この時があったから、少々忙しい時があっても、乗り切れるタフさが身についたと思います。

北播磨総合医療センター(平成27年)

症例数はそれほど多くありませんでしたが、開心術・末梢血管・ステントグラフトをバランスよく手がけており、大学で消化不良のまま抱えていた知識を、落ち着いて振り返ることができる環境でした。手術にもよく入れてもらい、病院に泊まり込んで、暇な日は同僚とフットサルに行ったり、よく飲みに行ってそのまま病院に泊まったり——途中結婚するまでは独身だったので、あまり家に帰っていませんでしたね(笑)。

兵庫県立姫路循環器病センター 医長(平成29年)

年間の開心術が300例以上、末梢血管も200例程度、スタッフ9名という環境で、毎日何かしらの手術に参加し、まさに浴びるように経験を積みました。術者としての経験は数えるほどでしたが、毎日のように開胸・閉胸・ポンプセッティング・前立ち・大腿動脈露出・ITA採取といった基礎的手技を繰り返すことで、確かな基礎が身についた気がします。2年間の後半には大動脈解離を2例執刀し、開心術も計8例を執刀しました。

神戸大学 特定助教/大学院(令和元年〜令和4年)

神戸大学での4年半のうち、約3年間は臨床を離れ、大学院生として研究に打ち込みました。CTのVR画像を用いた画像研究、AIによる大動脈解離の自動診断、PIVを用いた大動脈基部の流体力学的研究——この3つの研究を立ち上げ、VR画像研究の論文で学位を取得しました。AIによる自動診断の研究ではAHAで発表する機会を得、流体力学研究では医工連携として他大学の工学部と協働するなど、多様な経験を積むことができました。さらに、この時に研究をベースに神戸大学発ベンチャーを設立しました。産学連携という観点で色々な人脈を作りそれを会社として経営するという異色の経験をしました。今も医療コンサルタントの会社として細々と続けています。

ほかにはAllm社のJoinを用いた画像連携を広めるべく県事業として申請し、県内の多くの施設を回り、約2億円の県予算のもとで40施設にJoinを導入していただきました。この時は心臓血管外科医師というより企業の営業マンに近い仕事を毎日続けていました。同時期に、岡田教授から心臓血管外科サマースクールの運営を突如任され、コロナ明け初の羽田1ヶ所開催の運営を何も分からない状態で準備し、以降3年間務めました。

この3年間、当直や外来は続けていたものの手術には入っておらず、外科医としては完全なブランクにあたります。それでも、この期間、先述したような普通に心臓血管外科医師だけを続けていたら出会う事のないような人たちとたくさん仕事をしたことは、私のキャリアにとって非常に大きなものになっています。また、サマースクールの運営の時に多くのU-40メンバーが協力してくれて、一緒に活動できたので、U-40とのつながりが深くなりました。今代表を務めているのも、サマースクール運営での経験があったからだと思います。

東京慈恵会医科大学 心臓外科 国内留学(令和5年)

臨床医としての経験不足を感じていたこと、そして留学を志したものの家族が海外留学に反対だったこともあり、進路を悩んでいました。そんな時、慈恵会医科大学 心臓外科が国内留学を募っているという話をいただき、2年間の国内留学を決めました。大動脈弁形成・大動脈基部手術をドイツで学ばれた國原先生のもとで、基部手術に限らず幅広い症例を経験し、指導医の前立ちで執刀させていただく機会を数多く得ました。異なる医局で、手技のひとつひとつ、使う器械までもが違う環境で学ぶと、新しい発見が次々とあり、それが今に強くつながっている気がします。加えて、家族全員で2年間東京に住めたことは、海外ほどの異文化ではないにせよ、なかなか楽しい経験でした。(ディズニーランドが車で20分なのは衝撃でした。笑)

神戸赤十字病院 心臓血管外科 副部長(令和7年・現職)

年間100〜150例の開心術のうち、およそ1/3が緊急手術という、非常に緊急の多い病院です。私が着任した時点でスタッフは部長・私・後期研修医の3人という少人数体制で、異動直後から執刀を任していただき、後期研修医を前立ちに自分が執刀する経験を数多く積むことになり、一気に経験値が上がった気がします。U-40の代表として全国のBLCを回りながらこの病院で働くのは時間的にかなりタイトですが、とても充実しています。

Q&A

Question 01

趣味、休⽇の過ごし⽅は?

趣味は歌うことで、家でギターを弾きながら歌っています。(実は「Modern PaPa」というアーティストとして『ふがいないや』という曲を出しているので、興味のある方はぜひお聞きください。)出かけるのが大好きで、休日は家族とよく出かけています。特に銭湯や温泉が好きで、家族で銭湯めぐりを楽しんでいます。

Question 02

⼼臓⾎管外科を選んだ理由は?

正直なところ、研修先で何も考えていない時期に勧誘してもらって、流れで決めた面もあります(笑)。でも一番は、やっぱりかっこいいと思ったからですね。当時、大北教授が研修先の病院に出張で来られた際、緊急で運ばれてきた解離の患者さんを難なく手術されていた姿が、今も強く印象に残っています。

Question 03

苦労したことは?

苦労は絶えません(笑)。心臓血管外科医は本当に求められることが多いなぁと痛感していて、いつまでたっても自分の未熟さに腹を立てながら、もがき続けています。

Question 04

心臓血管外科になって良かったと思う瞬間は?

今になってようやく、自分がいることで患者さんを助けられている、後輩たちのロールモデルになれている、周りの少しは役に立てている——そう感じられる場面が出てきました。そうすると、心臓血管外科はリスクや責任が大きい分、見返りも、やりがいも大きいと感じます。本当に、今になってようやくですが。

Question 05

心臓血管外科を志す医学部生や若手医師へひとこと

心臓血管外科は、最も忙しい診療科のひとつだと思います。それでも、臨床を全力で続けながら、研究・教育・起業・医療DXといった新しい挑戦を「同時に」重ねることは決して不可能ではありません。そして、その道のりで出会う仲間の存在が、苦しい時の何よりの支えになります。悩んだときは、挑戦しなかった後悔と挑戦して実らなかった後悔、どちらが大きいかを考えてみてください。この道で、皆さんと一緒に働ける日を楽しみにしています。